Dos-Vノートパソコンと後進国日本

1995年、持ち運び用にノートを買った。東芝のDos-V(PC/AT互換機という意味で使う)のWindows3.1マシンで、海外出張時にも常時持って歩いた。
SS433というB5ノートだったと思うが確信はない(まだ捨てていないのでどこかにあるはずだが…)。タッチパッドはなく丸いボッチ(アキュポイント)が付いていた。あれは使いやすかった。メールがまだ一般的でなく、カードスロットにモデムを差して、Niftyのパソコン通信でニュースを取ったり、ファックスを発信したりしていた。

アトランタ五輪の時に出張でニューヨーク、マイアミ、パラマリボ(スリナムの首都。こんな国知らないでしょ?)に行った。日本がブラジルに勝ったサッカーの試合「マイアミの奇跡」をマイアミのホテルのテレビで観戦した(どうしてスタジアムに行かなかったのか?)。
そのときもファックス送信などでノートが活躍してくれた。

あの出張で一番びっくりしたのは、アメリカでもスリナムでも電話機の手前か横にモデム用の端子があって、どこでもさっとモジュラーケーブルを差してパソコンをつなげることが出来たことだ。日本にはそんな電話機はなかった。日本で出張したときは、ホテルの電話機から電話線を外して、自分のモジュラーケーブルをつけなければならなかった。そのために、モジュラー線どうしをつなげるアダプタを持ち歩いていた。しかも、値段の高いホテルは電話線が外れないのが普通で、お話にならなかった。あの頃から日本の通信環境(に関する考え方)は後進国だったのだ。

スリナムはひどい遅れた国で、国際空港と言っても日本の地方空港より小さくて、空港建物も木造がメインだった。タラップもないので、出入りできる飛行機はオランダのフォッカー28のような階段付きの飛行機だけだ。しかも滑走路が短いために、ダグラスDC9は階段が付いていても、離着陸できないということだった。首都にちゃんとしたホテルもなく、宿のシャワーはお湯も出なかった。ただあの町が良いと思ったのは、電話機にモデム端子が付いているのと、
スズメの代わりにインコやハチドリがその辺を飛び回っているのと、カラスの代わりにコンドルがたむろしていることだ。
そんな国より、日本のパソコン通信環境は劣っていたのだった。

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